真相



「そろそろ来る頃だと思っていたわ、久保栞さんに宮小路瑞穂」

久保栞と瑞穂の姿を見つけるなり、蟹名さんは楽しそうに話しかけてきた。
そして密談には適さない図書室から、閉め切った図書準備室に招き入れてくる。



「何を知ってるんですか?二年前のような事になったらいくら貴女でも許しませんよ」

蟹名さんには恩があるけれど、同時に前科もある。
半年前の白薔薇革命はまだ笑って済まされる質のものだ。
でも二年前、水野蓉子さまや佐藤聖さままばかりか全校生徒まで巻き込んだ怪奇現象は度をすぎていた。


「話はその二年前の十二月にさかのぼるわね」


そういいながら、当時の事を思い出すように…私が親友と蟹名静さんは話しはじめた。







「あの時、私は図書の整理作業をしながら気が晴れなかった
 佐藤聖さまと久保栞さんが不仲になってしまって、そして佐藤聖さまの情緒が不安定になっていくのが分かったからね」


最後の年こそ佐藤聖さまは白薔薇さまとして元気にしていたけれど、当時の佐藤聖さまは見ていて危ういほど棘のある性格をしていたjから…。

そんな中で…

「…私は『あいつ』に…ミステリー二番『本を返しに来る美少女』に出会った…」





本の貸し出しと返却の時に顔を合わせる図書委員の性質上、見なれない人というのは滅多にいないはずなのに…その人を見たのはその時が初めてだった。
しかも、あんな優雅な印象を与える美人なんて見たこともなかったから。


その人が借りていた本は『マッチ売りの少女』…その見知らぬ上級生と思われる少女はこう続けた。


「憂鬱な冬、悩みが増すだけのクリスマス。
 マッチ売りの少女にあやかりたいと思うなら、マッチと…それから歌が必要ね
 この世のものではない幽世(かくりょ)の歌が…」


ラテン語の書かれた楽譜…イタリア行きを志していた蟹名静にしかわかりそうにないそれを手渡してきて…。


「大切なのは世間体でも一般論でもないあなた自身の考えに照らし合わせた願いよ。
 心の底から行きたいと思う場所、心の底からしたいと思う行為。それがあなたを誘うでしょう。
 ふふ…それではごきげんよう」


その少女が去った後、本を返す手続きをして…驚いた。
誰も借りていない、つまりさっきの上級生は貸し出した本を貸し出して続きをせずに持ち出したことになる。
図書館の物だったらしいけれど…ずいぶん古い本…発行された年は他の「マッチ売りの少女」よりも二十年も前…バーコードもついていなかった。












「…それが私の遭遇したミステリー二番『本を返しに来る美少女』よ」

その話は知っている、蟹名静さん以外にもその少女の目撃証言はあるからである。
だからこそミステリー二番に登録されているのだ。


「そこから先は栞さんも知ってるはずよ、私は音楽室に行き、マッチの灯かりの中で教えられた鎮魂歌を歌い…幽霊の長谷川詩織さんを呼び出してしまった…」


久保栞の首に下げられているロザリオの持ち主だった人…もう一人の『シオリ』。


「ええ、私自身そのことに関わりましたから。
 長谷川詩織さんは。ピアノを弾くことで生きていた頃の姉妹を呼び出して未練を解消。
 そこに至る経緯がミステリー1番の『音楽準備室のピアノ』でしたね…」


梶浦緋紗子先生の未練も断ち切られ、その長谷川詩織のロザリオは栞に託された時のことだ。



「では、なぜ瑞穂さんにあの歌を聞かせたのですか?
 昨日の蟹名さんはまるで瑞穂さんに何か歌の影響があるのを知っているような口振りでした」


かつて蟹名さんがクリスマスに実演したから分かるのだけれども、あの歌を聞くと自然ならざるものに敏感になるらしい。


だから、軽々しく歌っていいものではないはずなのに…。


「私の体験には誰にも話してない続きがあるの。
 二ヵ月後…私と佐藤聖さまが姉妹の関係を解消した時に『あいつ』は再び現れたの…」


長谷川詩織さんを昇天させたあの鎮魂歌が、ミステリー二番の幽霊から教わったものだと言う事は今日初めて知ったけれど、蟹名さんにはまだ話していない事があったらしい。









「蟹名静は、本当にあなたのことが好きでした…だから、ロザリオをお返しします。
 結婚禁止に反対したバレンタイン司祭にあやかり…今日あなたに栞さんを妹にする事を許します」

聖バレンタインデー。その日にマリア様の前で、蟹名静は佐藤聖さまにロザリオをお返しした。



「…私はあなたが妹でもいいと思っていたのに…」

「それで充分です。あなたの瞳に私を映したかった。
 それがかなった今、私が望むのはあなたの心からの笑顔だけ。
 栞さんの所へ行ってあげて下さい、佐藤聖さま」

「本当にありがとう。あなたは…すごく魅力的だった」


ロザリオを受け取って立ち去る佐藤聖さまを見送りながら、これでもうこの学園にも未練はなくなったと思ったあの時に…



…あいつは再び現れて…


『貴女が卒業する予定の年度に、私の未練を断ち切る人が現れ。
 リリアンの生徒は逃れられない幻を視る事になる』









「私はそれを見届けるため…できるのならあの人の未練を断ち切る手伝いをするためにリリアンに残った。
 ついでに私は過去の卒業アルバムを端から端まで探してみた。
 そして見つけたの…」



あらかじめ用意していたのだろう。
蟹名さんはとある年度の卒業アルバムを取り出し、集合写真の中央を指した。



「私に鎮魂歌を教えたのはこの人だったの」



その人を見てまさかと思い…名前を見て目の前が真っ暗になった。
心が軋むような…耐えられない痛みに襲われる。



「十年以上前に在籍していたはずのこの人が、当時と同じ姿で私の前に現れてた。
 そしてこの人は当時既に他界している」





「それはエトワールのお姉さまが誰よりも知っているはず、だってこの人は『貴方』の…」





宮小路瑞穂さんと同じ姓。
その人は宮小路瑞穂さんの…





「母さま…」








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