白薔薇さまの憂鬱



「主よ、今より我らがこの糧を得る事を感謝させたまえ、アーメン」


朝食前の祈り、寮生達による久保栞の祈りの復唱が響くでさえ、中久保栞は不機嫌を隠す事をあきらめていた…


(瑞穂さんの変態…色魔…節操無し…犬…)


…御門まりやさんの隣で食事をとっているはずの上岡由佳里ちゃんの姿がなかったから。



祈っている最中ですらいつもは思いつきもしないような瑞穂さんへの罵倒が次々と浮かんでくる。

あの男…よりにもよって下級生を部屋に連れ込んで同衾するとは…何て恥知らずな…。
学園長先生に頼まれてなかったら問答無用でシスターか警察に突き出しているところである。

もっとも、上岡由佳里ちゃんや本人から事情を聞いた限りでは不純な動機や…男女の間の「間違い」は全くなく、瑞穂さんはエトワールスールの役割を立派に果たしただけなのだけれども…。



「あ…あの白薔薇さま…?」

呼ばれた声に視線を向けると…下級生がおびえた目でこちらを見ている。

「何でしょう?」
「か…上岡由佳里さんはどうしていないのでしょうか?」

「私にその質問はしないで下さい」

ああ…自分で言っててなんて上級生らしからぬ回答だとは思う。
でも、人には不機嫌でしかいられない時があるのである。


蟹名さんも蟹名さんだ…。
目の前の女装男がリリアンに編入して来た事を「不純な動機は全くなかった」とか言っていたけどセクハラもどきの間違いが起こらない保障なんてどこにもないではないか…。







「白薔薇さま、体はもう大丈夫なのですか?」
「心配かけたようですね」
「今日はエトワールのお姉さまもご一緒ですか」

結局。通学路では口を利いてなどやらないのはもちろん、見張りと懲罰奉仕の意味もかねて、今日は瑞穂さんにお御堂に一緒に来てもらう事にした。

…実際は昨日、お御堂を任せた事の影響を知りたかったのもあるのだけれども。



でも、瑞穂さんを歓迎する下級生達の話を見る限りでは仕事以上の事をしたみたい。
そして話を聞くうちに、久保栞の代行の役割を果たせていた事に不可解な気分にさせられる。

正直な話、昨日瑞穂さんに久保栞の代役をさせたのは無理難題を押し付けて瑞穂さんを困らせてやろうという意図もあった。
だから、瑞穂さんが与えられた職務を全うできた事が驚きだった。


「私と少し話しただけで代行ができてしまうなんて、エトワールのお姉さまは飲み込みも早いんですね」


ここでようやく、声をかけてあげることにした。
それは暗に、昨夜の一件をようやく許したと言う事でもある。




「いえ…あれは何かの間違いです…どうしてかわからないけれど知りもしない事や思いもしなかったことが口から出てきて…」




その言葉に…ぞっとした。
それは…二年前のあの事件に関わる事だったから。




「・・・その話。詳しく聞かせてもらえませんか?
 もしかして蟹名さんの歌を聞いた直後から変わった事ではありません?
 …あ…ここで話していい内容じゃありませんね、告白室へ来てください」










カトリックの決まり事の中には男女が同じ部屋に二人きりになってはいけないというものもある。
その禁忌を犯している事を主に謝罪し、告白室の中で瑞穂さんと向き合いながらその外見に困惑する。


女性にしか見えない…女性としか扱えない…。


「あの…何かの間違いだと思いたいのですが…」


困惑しながらも瑞穂さんは、『自分と同じ姿をした誰か』が自分の代わりに二度、話をしたような感じがした事を聞かせてくれた。
そしてそれが蟹名静さんの鎮魂歌を聞いた日の次の日だったことから、やはり蟹名さんに事情を聞かなければならないと思いなおす。




「蟹名さんが歌ったあの歌はただの歌じゃありません。…普通の人でも変なものが見えるようにしてしまう歌なんです」


そういえば昨日、蟹名さんはまだ私達以上に何かを知っているような口ぶりだった。
もしかしたら、二年前の長谷川詩織さんが成仏した事件はまだ続いているのかもしれない。


「瑞穂さんは幽霊と言うものを信じますか?」

「最近まで信じた事はありませんでした、でもまりやはともかく栞さんが真面目にあんな話をするのなら…きっと栞さんもまりやも見たことがあるのだと確信しています。
 栞さんが嘘をつくなんて考えられませんから」


立場上仕方がないとはいえ…朝からの栞の瑞穂に対する態度は憎まれても文句が言えないのに、そんな風に信頼されているのはなぜか悪い気がしなかった。
きっと、令さんが気に入り紫苑さまの心を開いたのもこういう割り切りのいい性質によるものなのだろう。


「今日のお勤めは中止しなければならないようです。二年前の幽霊騒ぎのような事を引き起こす訳にはいきませんから…一緒に図書室にいる蟹名さんに真相を聞きに行きましょう」






あとがき

栞さまといえども、個人的感情の発露からは逃れられないものなのです。


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