変わる薔薇の館


「お姉さま方、お茶をお入れしましたのです…どうぞ」

周坊院奏ちゃんが全員分の紅茶を入れてくれたのに礼を言って口に含んでみる。



「あら…」
「なるほど…」
「さすがですね」
「ふーん…」

三人の薔薇さまや由乃さんや乃梨子ちゃんが思わず漏らした声が静かな薔薇の館に響いた。


それほど…素人には出せない細やかな気配りが利いていて…一言で言うなら美味しい。
栞さまが率先してお茶を淹れさせたがった理由はこれですか。



「紅茶なんてただの色水だと思っていたけど…認識を改めなければならないようですわ」

そして、一般人とはズレた感覚を披露してくれる瞳子ちゃん。



「アイルランドでは紅茶は血よりも濃いと言われているそうですよ」

控えめで頼りない印象を与えてくる周坊院奏ちゃんだけど、博識なようだ。


「それにしても、一日休んだだけでまさか一年生が三人も増えているなんて夢にも思わなかった」

今の会議室の人数を再び見渡して黄薔薇さまがおっしゃる。









思えば…昨日の成り行きは予想外だった。


昨日、つぼみ三人で薔薇の館を出た後、二条乃梨子ちゃんはすぐに見つかった。

どうやって仕入れた情報かわからにけれど、二条乃梨子ちゃんは放課後に図書室に居ると由乃さんが知っていたからである。

その乃梨子ちゃんに山百合会の人手不足の現状を伝えると、一緒にいた周坊院奏ちゃんと松平瞳子ちゃんもついて来た。
瞳子ちゃんが加わった事に由乃さんはあまり良い顔はしなかったけど…さすがに三人のうち一人だけ除外するなんて事はできなかったし、祐巳も志摩子さんもさせるつもりはなかった。


それに薔薇の館に三人を連れてきた時、祥子さまのお顔にほんの少しだけど微笑が表れた。
エトワールスール選挙以来沈んでいた祥子さまの変化のきっかけになるのなら、瞳子ちゃんの意図なんて些細な事だ。







そう言うわけで、まだお試し段階とはいえ山百合会は前の薔薇さま方卒業前のように本来の人数に戻る事ができたのである。

…とはいえ、いざご対面という段階になってどうすればいいのかわからない。
一応、人手不足を理由につれてきたのだけど、実は祐巳にも由乃さんにも一年生との接点はあまりないのである。



それに先代紅薔薇さまの水野蓉子さまと並んで優等生のお手本とされている白薔薇さまが何か別のことに気を取られているみたいだった…


「…」

…昨日まで体調が悪かったせいだろうか。
いつもの余裕があまり感じられない。

いつもの穏やかだけど物静かな様子が一変して、なんだか不気味なぐらい緊迫している。



「あの…お姉さま…」

妹の志摩子さんが戸惑って声をかけても変わらない。


「何も言ってくださらないんですか?」

そして、その志摩子さんの隣に二条乃梨子ちゃんの姿を認めても変化なし。


「スール選びは個人の問題ですよ、よほどの必要に迫られない限り口を出す気はありません」

「いや…てっきり妹に妹ができたりすると…姉は嫉妬するものだと…」

二条乃梨子ちゃんは危ない物でも見るような目で栞さまに問いかける。
一応志摩子さんの妹候補と言う事になっているのだから平生を装ってはいるけど、新入生歓迎会の主犯に対して引き気味になってる。


「私は嬉しいですよ、志摩子が妹を連れて来るのはもっと後の事だと思っていて…私は祈りの度に志摩子によい相手が見つかるように祈ってましたから…祈りが通じた事を感謝しています」

…栞さまはわかってない…栞さまがいない間に祥子さまに半ば強要されて連れて来させたって想像さえしてない。

『自分の善意に疑いを持たない信心深い人は無神経で困る』と誰かが栞さまの事を悪く言った事があるみたいだけれど、今度ばかりはそれに賛成したくなった…。
そもそも、この前の宗教裁判の時だって栞さまのそんな性質がトラブルを呼び込んだんだし。


「白薔薇さま、つかぬ事を聞きますけど…なんだか…いつもと違いませんか?」
「昨日、佐藤聖さまがお見舞いに来てた事に関係しているの?」

由乃さんと支倉令さまが質問なさる。
なるほど、久保栞さまと佐藤聖さまの関係は姉妹の一言で表現できるものじゃないから。


だとしたらどうして、栞さまは余裕がないのだろう?
あの佐藤聖さまが久保栞さまにきつい事を言うとは思えないし。


「意外とあるものなのですよ、言いたくてもいえない事が…」


やっぱり余裕を失った栞さまは危うい。
そこの所を何とかしてくれる人が必要なみたい。

二条乃梨子ちゃんがその人になってくれる事を願うだけだった。


「祐巳ちゃんに奏ちゃん。
 瑞穂さまへの伝言については、絶対に誰にも話してはなりませんよ」


あれ?
ひょっとして、栞さまは朝に祐巳と奏ちゃんが遭遇したもう一人の瑞穂さまについて考えているの?


「わかりましたね?」

「は…はいなのです」
「わ、わかりました」


栞さまらしくない、事情も説明せずに一方的に要求してくるなんて…。


「どういう事かしら?」

祥子さまが栞さまに尋ねなさる。

「瑞穂さんに昼休みに相談を受けました。でも、内容は言えません。
 その時に瑞穂さんから祥子さんに『相談できる人に相談して欲しい』と伝えるようにいわれました」


その話を聞いて、瞳子ちゃんが祥子さまに向き直った。
「祥子さま…相談するのは栞さまじゃいけませんか?」



「黙りなさい」



有無を言わせない祥子さまの声に一年生達は驚いてしまった。
大丈夫かな?奏ちゃんはかなりおびえてしまったみたいだけれど。




あとがき
同時進行で薔薇の館につぼみの妹候補が三人、押しかけてきました。
この三人、ポテンシャルが高すぎて私には御せられない…

そして薔薇さまが二人も不調だとむずい…もっと明るい話が書きたいのに…


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