つぼみ達の憂鬱 薔薇の館の会議室にて、山百合会に入って以来の責任がのしかかってきていた。 祐巳たちは前の年度は優秀だった先代の三薔薇さまとそのつぼみ…今の三薔薇さまのオマケをしていればよかったからである。 だから年度が変わっても、薔薇の館の仕事は基本的に祥子さまに令さまに栞さまの三人が取り仕切っていた。 しかし今日の山百合会は… 「栞に、令まで来てないの」 祥子さまがおっしゃる通り、三人の薔薇さまのうち二人が欠席していて、声の調子が示す通り祥子さまはエトワールスール選挙以来、絶不調。 不機嫌を更に助長する事になるので誰も口にしないのだけれども、見ていて危ういぐらいに仕事に支障をきたしている。 水野蓉子さまがいたら登校せずに休めと言っていたかも知れないけれど、今や祥子さまにそんな高圧的な態度に出られる人はリリアンにいない。 そして、不調といえば…白薔薇のつぼみの藤堂志摩子さん。 お姉さまの久保栞さまが体調を崩したのがショックだったらしくてほとんど仕事に手が付いていない。 つまり、まともに働けているのは紅薔薇のつぼみと黄薔薇のつぼみの二人だけなのである。 そんな状況で山百合会に入って以来のプレッシャーを感じていたものだから… 「そろそろ…山百合会の人数の事も考えないといけないわね」 …突然の祥子さまの言葉に背筋が凍りそうになった。 確かに、もうすぐ六月になると言うのに三人のつぼみのうちだれも妹を持っていないのは山百合会にとって憂慮すべき自体なのかもしれない。 それは不肖つぼみ三人が至らないせいなのだけれども…追い討ちをかけるように祥子さまはとんでもない事をおっしゃった。 「紅薔薇さまとして、つぼみたちに命じるわ。山百合会の過疎化を食い止めるための人材を連れてきなさい」 ど…どうしてそうなるの…? そんな疑問を口にする前に、由乃さんは志摩子さんと祐巳の手を引いて強引に会議室から連れ出した。 由乃さんに手を引っ張られて薔薇の館から校舎への道を歩きながらようやく祐巳は口を開く。 「ちょっと由乃さん。いきなりどうして…」 「いい加減あそこにいるのも我慢の限界だったから」 由乃さんは一目でわかるほどか〜な〜り・・・機嫌が悪い。 祥子さまと違って表れ方のがストレートだから助かるけど、一体どうしちゃったんだろう? 「さすがにそれは紅薔薇さまに失礼では?」 「失礼ですって…これでも言い足りないぐらいよ! 志摩子さんも祐巳さんもあんな会議室に一秒だっていたくなかったでしょ!?」 確かに居心地が悪かったけどそれはつぼみとしての宿命だし、気分以前に…仕事だから行っているのだけれど…。 どうやら由乃さん、令さまがいないのと仕事がはかどらなかったことに相当イライラしていたみたい。 「それに祥子さまは『独り身はこんな所にいるぐらいならお見合いの一つでもして来い』ってぬかしたのよ。 そこまで言われて黙っていられるはずないじゃない!」 それはあまりに悪意に取りすぎじゃないかな? 女性に言ってはいけない事ベスト10に入りそうな失礼発言だし。 「まあまあ由乃さん…お姉さまは今回みたいに薔薇さまが二人ともいなくなった時の人手不足に備えないといけないって思ったんでしょ。 それなら手伝ってくれそうな人を探して、山百合会のメンバーの増やすきっかけにしなさいって気を遣ってくれたんじゃないかな?」 今日のように作業のはかどらない日が突発的に発生しないとも限らないし。 「祐巳さんは祥子さまの事を良く解釈しすぎなのよ。 口実をつけて私達に無理難題をふっかけて追い出して独りになりたかったって私はにらんでるわ」 由乃さん、それは悪く解釈しすぎだと思う。 「それならば、厳島貴子さんを呼ぼうかしら?」 なるほど、優秀さと言う点では彼女以上の人材はいないと言える。 更に彼女は一時的に紅薔薇のつぼみの妹だった頃があり、佐藤聖さまよりも役に立っていたらしい(水野蓉子さま談)。 …ってちょっと待った…その案はまずい、徹底的にまずい…。 「ばかばかばか…ばっかじゃないの志摩子さんったら!」 …由乃さん、そこまで『ばか』を連発しなくても…。 「ただでさえ不機嫌な祥子さまに、火に油を注いでどうするのよ!?」 そう、『破局したスール』の代表のようなあの二人は滅多なことでは顔を合わせてはいけない関係だ、さながらガソリンとトーチのごとく。 「でも、祥子さまは人手が欲しいとおっしゃっていたけれど、誰がいけないというような事は何も…」 志摩子さん…本気で言ってるの? 「志摩子さん、ひょっとして錯乱してる?」 「そ…そんな事、ないと思う…わ」 志摩子さんのその言葉は、酔っ払いによる「ワタシ酔ってないです〜」と同じみたい。 会議室にいた時からそうだったけど、久保栞さまが体調不良でお休みになっているのが心配で正常な思考ができてない。 それなら放課後に山百合会に来ずに栞さまのお見舞いに行けばよかったのかもしれないけれども…それじゃ更に祥子さまが不機嫌になりそうだし、しわ寄せが栞さまに行きそうだからあまりやりたくなかった。 「祥子さまが何を意図して私達を追い出したか考えなさいよ。山百合会の過疎化を止めなさいと言う事は未来のつぼみ候補の一年生を連れてこいと言う意味よ」 由乃さんに詰め寄られた志摩子さんは、助けを求めるように祐巳のほうを見てくる。 「厳島貴子さんは…今は蟹名静さまの妹だし…それに演劇部に図書委員に忙しいからやめた方がいいと思う」 厳島貴子さんは祥子さまの事が大好きだから頭を下げて頼めば二つ返事で引き受けてくれそうだけれども、山百合会に招くのは二人のためにもよくない。 そう言うわけで厳島貴子さんの案は却下…思いつく一年生といえば…。 「いっそのこと、瞳子ちゃんを呼ぼうか…」 瞳子ちゃんは四月に、新入生歓迎会の時に栞さまを手伝った経緯がある。 物怖じしないあの子なら、苦労せずに山百合会になじめるかもしれない。 「ばかばかばか…ばっかじゃないの祐巳さんったら!」 あれ?矛先がこっちに向いた。 「ライバル呼んでどうするのよ!?あの生意気な縦ロールが祥子さまの妹の座を狙っているのを忘れたの?ただでさえあの二人は祐巳さんの持ってないつながりがあるじゃない!」 う…確かにあのなれなれしさにはちょっと遠慮してもらいたいものがあった…。 「そんな事言うと誰も薔薇の館に入れなくなってしまうわ」 志摩子さんが珍しく非難の口調で語ってくるけど、由乃さんは止まらない。 「わかってないわね二人とも! 当面の所、私達が狙いをつけるべきはなのは二条乃梨子ちゃんよ!」 何が何だかわからないけど、由乃さんに引っ張られて図書室に行く事になってしまった。 あとがき 不肖つぼみ三人の力関係は現在由乃さんがトップのようです。 ついでに藤堂志摩子さんのステータスランクが原作と比べて二つほど下がっています。 …これも栞さまが甘やかすから…。 |